知立の歴史ぶらり探訪・翁のいざない

第4話(後編) 魯一翁余話 

 魯一翁が直接関わったという資料を目にしていませんが、自由民権運動と小学校の運動会に目を向けてみましょう。
 明治時代初期、自由民権運動が全国的な広がりをみせると、集会条例・新聞祇条例・讒謗率などが発せられて活動が制限されるようになりました。そこで自由民権運動家たちの目に止まったのが運動会。
 日本初の運動会は海軍兵学寮で開催された「競闘遊戯会」ですが、文部省令により運動会が奨励されて全国に拡大していました。弁当を持参して応援する親たちの種目が公安され、その中に自由民権運動の主張を競技化した〈圧政棒倒し〉〈自由の旗奪い合い〉〈政権争奪騎馬戦〉などが組み込まれたのです。
 「スポーツの秋」。運動会に熱中する子供たちの元気な声を耳にしながら、猿渡公民館にある魯一銅像は、生まれ故郷の福島復興を心から願っているかのようです。

(坂之上九門)

【猿渡公民館にある魯一の銅像】

(知立くらしのニュース 2011.11.19 掲載)

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