知立の歴史ぶらり探訪・翁のいざない

第15話(後編) 明治用水西井筋あればこそ

 用水路は本流・東井筋・中井筋に、知立を通って刈谷へ抜ける西井筋が付け加えられて開削工事スタート。西井筋が組み込まれたのは魯一の功績が極めて大きいと考えられています。魯一には「三河交親社」と言う優れた人脈があり、また故郷・福島県で開発が進められていた「安積(あさか)疏水(そすい)」に関する技術情報の入手が可能だったからです。
 本流・東井筋・中井筋の第1期工事完成は1880(明治13)年、西井筋完成は、翌年の81(明治14)年。昼夜を問わぬ突貫工事だったことですが、苦労のほどがしのばれます。「明治用水」、私たちの生命線そのもの!
 通水が始まって132年。洪積台地が水不足に悩んだのは遠い過去のことですが、先人たちの苦労を忘れないようにしたいものです。昔から〝受けた恩義は石に刻め、掛けた情けは水に流せ〟とか。魯一へのオマージュ(尊敬)として一句を捧げたいと思います。
 悠久の 稲穂に宿る 魯一かな

(坂之上九門)

【春には桜が満開になる知立中学校付近の明治用水(広見)】

(知立くらしのニュース 2013.09.21 掲載)

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